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《キャロル結成から解散、ソロ活動まで》

《キャロル結成》
幼少時代祖母に育てられ極貧の少年時代を過ごした矢沢永吉は中学生のころラジオから流れるビートルズに影響を受けロックに目覚める。
1968年、高校卒業と同時に広島から、5万円を握り締め上京のはずが、横浜で途中下車。
アルバイトで生計を立てながらバンド活動を始め、「ザ・ベース」「イーセット」「ヤマト」といったバンドを経て「キャロル」を結成。
メンバーは、矢沢永吉、ジョニー大倉、内海利勝、相原誠(その後すぐに岡崎ユウに変わった)の四人だった。
「キャロル」はミッキー・カーチス(サムライを率いていた元ロカビリー歌手)のプロデュースにより『ルイジアンナ』でデビュー
当時のフォークソング全盛の時代だったが革ジャンにリーゼントというスタイルで当時の音楽シーンに衝撃を
与え以降の日本のロックに多大なる影響を与えることになる
1974年には、パリで行われた山本寛斎のショーにキャロルが出演し、『ルイジアンナ』『ヘイ・タクシー』
『憎いあの娘』を演奏している。


《妻との出会い》
矢沢永吉は現在2度結婚しているが、メジャーになる前「ヤマト」というバンドのライブにきていた女性が後に
妻となる女性であった。
当時ライブで演奏していた頃その女性に、演奏していた曲のレコード番号を聞かれた矢沢は
「無いよ。だってあれ俺の曲だもん」と答えた。
その時問われた曲が矢沢の定番中の定番、名曲『アイ・ラブ・ユー、OK』である。
しかし極貧時代を支えた妻とはその後別れることのなる


《キャロル解散》
人気絶頂のキャロルは2年あまりの活動を経て1975年突然解散を宣言する。
1975年日比谷野外音楽堂で、伝説的な解散コンサートを行うが、ライブ中観客の熱狂で火災が起こり途中で中止となった伝説的な解散コンサートである。


《ソロ活動へ》
解散後は、キャロル関係の人間から離れ、一切のスタッフを総入れ替え満を持してソロでの活動を始める。
ソロ活動を始めた頃の矢沢が大いに影響を受けたバンドは以外であるが、キャロル当時のツアー仲間だった
サディスティック・ミカ・バンドである。(最近は木村カエラをボーカルとして再々結成。)
1975年『I LOVE YOU, OK』でソロデビュー。1977年には日本のロック・ソロアーティストとしては初の日本武道館でライブを行い、1978年には『時間よとまれ』の大ヒットで人気が爆発し、後楽園球場(現東京ドーム)単独公演、などと日本のロック界においてスーパー・スターの地位を確立する

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